書籍を残し利用してもらうということ
先日、毎朝のルーティンワークとして、インターネット上の情報をあれこれ見ていたら、こんな記事を目にした。
「穴水町立図書館が寄贈図書廃棄」
www.chunichi.co.jp
あー、またこんなことがあったのか。はてなブクマやtwitter上での反応の多くが、この処分をした穴水町教育委員会や司書や最終的に判断を下した上司らへの怒りのコメントが多く見受けられた。
確かに、穴水町がやったことは言語道断である。廃棄する前になぜ確認しなかったのかという初歩的なミスを含めである。とはいえ、これは単に廃棄にかかわった司書や当事者たちだけの問題なのだろうか。システム的な問題も含めて、もっと広く考えてみる必要があるだろう(togetter「穴水町立図書館の寄贈図書廃棄」を参照)。思うに、書籍を寄贈する人と図書館との善意ある幸福な関係というのは決して当たり前ではなくなってきたのだろう。そういったことを考えると、双方に理解のある第三者の介在が必要になるのではと感じている。
寄贈書籍を受け入れることの難しさ
図書館への書籍寄贈の難しさについて、私なりに次の5点にまとめられるのではと思っている。
つまり、受け入れる箱、基準整備、人、そして寄贈者による選択の妥当性が曖昧なままいってしまうと、石川県穴水町のような問題と悲劇があちこちで出てくる(というか、私見の限りでは、報道されないだけで結構あると思っている)。
1については、そもそも小さな町が寄贈図書を受け入れる余力があったのだろうか。そしてここは4の「司書の判断力」がかかわってくる。つまり、ここが寄贈先として最善かどうかという判断である。サービス業でよく言われるところの「相手の立場にたって考える」ことができるかどうかである。
そうなると、5の「寄贈先選択の妥当性」をいったい誰が担保してあげるのかということにもつながってくる。寄贈者は、所蔵していた書籍が公共性があり価値のあるものと判断して図書館への寄贈を思ったのだろう。多くの人たちへ知的財産を還元するのは大変素晴らしいことである。
しかし、である。図書館であればどこでもいいのだろうか?ここの判断はかなり難しい。結果として、書籍が利用されていないという判断のもと廃棄されてしまった。寄贈図書の意義をよくわかってないと指摘されても言い訳できない。穴水町の一件は、そのあたりを如実に現している。
寄贈をするにあたっての第三者の存在
全国どこの図書館でも、書籍の保管問題は抱えている。穴水町のケースは他岸の火事では決してないだろう。しかし、所蔵者が貴重と考えている書籍を公共財産として残したいと思う人たちもいる。では、寄贈の前に寄贈者へアドバイスをしてあげる人たちはいなかったのだろうか?もちろん、知識と経験と情熱のある司書は数多いと思う。けれども、そういう司書に巡り会えない人たちも決して少なくないはずだ。そこで、アドバイザーという第三者の人たちが必要だと考える。
アドバイザーは誰でもいい訳ではない。その条件として、1)図書館とのコネクションがある人、2)書籍の価値判断がある程度できる人、3)万が一図書館への寄贈が叶わなかった場合の方策とコネクションがある人、の3点が条件かなと思う。
アドバイザー的存在の人がいた場合、寄贈したいという図書館が受け入れてくれるかどうかの事前調査をする必要がある。受け入れ可能と思われた場合は、受入れのための根回しをできるかどうかもポイントになる。そしてその際、寄贈したい図書館が寄贈図書の取り扱いについて、何らかの取り決めがあるかどうかも重要だろう。
結局、書籍を生かすも殺すも人次第
さて、書籍は隣にどんな書籍が並んでいるかどうかで、その存在価値がガラリと変わる。ポルノ小説のとなりにアリストテレスの『動物学』が並んでいたらどうだろう?ちょっと探しにくいかもしれないが、これはこれで面白いかもしれない(もっとも、図書館にポルノ小説は置かないだろうけど)。十進分類法を無視していると言われそうだが、そもそも書籍とは、知的関係性(「ネットワーク」あるいは「星座」と言い換えてもいいだろう)の具体化である。穴水町のケースは、日本民俗学会の冊子や岩波書店初版本の芥川龍之介全集(揃)などがあったとのこと。では、仮に廃棄されなかったとしても、いったいどう分類され、どういった配列で開架に置かれ(てい)たのだろう?なんの考えもなしに置かれていたとしたら、廃棄される可能性は高かったのではと思う。
受け入れる側は、ただ単に貴重だからといって受け入れていいのだろうか?寄贈する側は、寄贈したいという図書館はちゃんと書籍を保管し利用してくれるためにベストを尽くしてくれるところかどうか判断する必要がある。そのためにも、図書館をめぐるあれこれといった現実の諸問題といかに折りあいながら闘っていくかが重要である。これは司書にとっても、寄贈者にとってもである。
《追記》
図書館への寄贈が叶わなかった場合、古書店で買い取ってもらうという方法もある。その場合、量販店的古書店ではなく、しっかり目利きのできるおやっさん的古書店がいいのは言を俟たない。そういう古書店は地方の場合、地域と密接にかかわっているのだが、昨今そういう古書店は少なくなってしまった。とはいえ、決してない訳ではない。いずれにせよ、寄贈する前に、第三者へアドバイスをもらえるかどうかが重要だと思う(2016.9.7)。
写真整理(5)
食い道楽 〜真鶴・足利・宇都宮〜
7月下旬、Uさんに誘われて真鶴へ。鈍行列車で4時間
近く揺られて到着。目的はうまい刺身が食べたい!
お刺身定食を注文したが、これがまた色々と出てくる。鯛を中心
とした刺身の盛り合わせ、自家製いかの塩辛(これがびっくりす
るくらいの美味)、鯵の干物(焼き方と身の柔らかさで気絶寸前)
と鰯の煮物、それに鯛のお吸い物がついて税込2400円。
お刺身定食に飽き足らず、相模湾へ来たのだからと名物の金目鯛
の煮付けを注文。切り身で出てくるので上品かつ食べやすい。煮
付けの甘塩っぱさと金目鯛のほどよい淡白さが絶妙。口福とはま
さにこのこと。
そして追い討ちをかけるように、あじ寿司を注文。とても食べや
すく、ひとつ食べたらもうひとつと止まらず食べたくなる。脂も
のっていて、普段どれだけ美味しくない魚を食べていたか痛感。
7月の終わり、足利で名物のソースカツ丼を食べる。ここのソースカツ丼が他のお店と違うのは、「アマランサス」なるヒユ科ヒユ属の一年草がかつの衣に入っていること。足利のソースカツ丼で使うソースは酸味が強く、豚ヒレ肉のさっぱりとした味とともに、しつこくなく食べやすいのが特徴。ちなみに、右の翡翠色をした麺にも、アマランサスが練りこまれている。
7月晦日、ステーキハウスへ。国産サーロイン300gを食す。程よく脂が肉に入っていて柔らかく、フォークにささった肉→口→肉→口のピストン運動が止まらず。値段はそれなりにするが、値段以上の満足感が得られる。やっぱり夏は、単純明快でガツッとくるステーキだ。
(続)
写真整理(4)
太田と高崎と
6月中旬、太田市は金山城跡へ。関東七名城のひとつに数えら
れ、関東では珍しく石垣がちゃんとのこる城跡だ。ここを訪れ
る前に、隈研吾設計のガイダンス施設に行くといい。だけど、
行かなくても十分楽しめる。ちょっと、風雲たけし城を思い出
した。
6月下旬、高崎市は上毛野はにわの里公園へ。目玉は、様々な埴輪のレプリ
カに囲まれた八幡塚公園。
墳丘第三段をのぼると、榛名山などのギザギザとした稜線がはっきり見えた。群馬の山並みはいい。
そんな墳丘第三段からは、石室内部へ入る入口がある。中へ入ると・・・
舟形石棺が間近で見ることができる。関西(とくに兵庫県)の人からすると、
石室内部に入ることができる古墳が多いからこんなのは珍しくもなんともない
かもしれない。けれども、関東ではこういう古墳ってなかなか見かけることが
できない。古代の群馬は東国地方の中心地だったことがよくわかる。
(続)
写真整理(3)
野木町煉瓦窯
6月下旬、修復工事が終了し、新装オープンした野木町煉瓦窯
(旧下野煉化製造会社煉瓦窯)を見学。修復工事直前の201
1年夏に見学して以来の訪問。16角形と長い煙突が美しい。
16角形あるので、入口も16箇所ある。見学では、第11号
からしか入ることができない。中は煉瓦窯の成り立ちなどのガ
イダンスとなっている。
いったん外へ出て2階へのぼると、炭を投げ入れる部屋がある。
熱気が今にも伝わってきそうだった。
ダンパー(煙道から煙突へ排気をおこなう装置)開閉器
赤レンガはきれいでなんだか食べたくなる感じが昔からしてい
た。あのずっしりとした重さは、陶器とはまた違った味わいが
あって好きだ。
(続)
写真整理(2)
足尾
6月下旬、数年ぶりに足尾にある古河掛水倶楽部へ行く。ここは、かつての古河鉱業の迎賓館として利用され、今なお古河の福利厚生施設として利用されている国登録有形文化財。中は撮影禁止だったのが残念。ここで美味しいコーヒーがいただける。
古河掛水倶楽部入口横にあるレンガ造りの建物は「旧足尾鉱業所
事務所付属倉庫」。この赤レンガ倉庫は今なお使われているとか。
古河掛水倶楽部の横から庭へ行くことができるが、その途中にこ
んな小屋のような建物が。中へ入ると・・・
戦時中、防空壕として利用されていた。
中はひんやりしてはいるが、狭くてちょっと怖かった。
この防空壕跡を抜けると、古河掛水倶楽部の和洋折衷様式の真骨頂を垣間見
ることができる。2階のテラスからは、すぐそばを流れる渡良瀬川を望むこ
とができる。上流部なので、とてもきれいだった。
(続)
写真整理(1)
片品〜日光
5月下旬。沼田経由で片品から金精峠から中禅寺湖へ。途中、片
品村の「花咲の湯」で「アスパラまつり」なるイベントが。ステ
ージには地元で活動している女性の歌手がうたっていた。
金精峠を抜け、中禅寺湖畔をぐるりと走る、日光二荒山神社中宮
祠が雲ひとつない青空だった。奥日光の5月は素晴らしい。
6月初旬、日光は滝尾古道へ。東照宮美術館付近で子鹿がツツジ
の葉をはみはみしていた。一見するとかわいらしい光景だが、実
は深刻な自体を物語っている。以前は、ここまで鹿は降りてこな
かった。けれども、かれらが棲む場所が少なくなり、餌を求めて
ここまで降りてきた訳である。
石畳を歩き、急な石の階段を登ると、運試しの鳥居と滝尾神社の
楼門が見えてくる。弁柄色と紅葉の鮮やかな緑色のコントラスト
が美しかった。
その後、滝尾神社を下り、日光二荒山神社へ向かうべく長い石の
階段を登ると、役の小角と侍鬼が祀られた輪王寺行者堂がある。
その階段下には、首のない石仏がある。明治期の廃仏毀釈のなご
りだろう。
6月中旬。仕事で奥日光にある英国大使館別荘を見学。7月開館の前に静かな環境で観ることができたのがよかった。あいにくの天候だったが、テラスから眺める中禅寺湖は絶景。英国の外交官だったアーネスト・サトウがこよなく愛した風景がここにはある。
(続)
GW
今更ながら、GWに出かけた(仕事含む)ところで気ままに撮った写真を備忘録的に。
桐生の近代化遺産
Gozo & Dylan(Part Ⅱ)
21世紀のAmerican Popular Musicを奏でているDylan
今月(4月)に入って、日本の主要都市でツアーを行ってきたDylan. 一緒に行ったM氏から予めset list&音源を送ってもらっていたので、だいたいこんな感じの曲をやるんだなーとはわかっていた。けれども、月並みな表現だが、生演奏による音の塊を受けながら聴くのは驚きだ。Dylan版ムード歌謡といったテイストの曲も結構あったのだが、基本的にはRock 'n Roll. 月日の流れとともに姿形は違えども、半世紀前にacousticではなくelectric guitarを持ってステージに現れた時とbaseは何ら変わっていない。それがわかったのが、まず嬉しかった。
変わっていないというのは、何も進化も変化もないということを意味しているのではない。これは、アンコールでやった"Browin' in the Wind"を聴いてもらうとわかるはずだ。しゃがれた声で「これ、新曲なんだけど聴いて」と言われてもまったくわからない。2016年時点での"Browin' in the Wind"。その時々で最新の音楽潮流をとらえながら、再解釈する。Dylanほど接頭辞の"re"が似合う人はいない。
時空を往還する軽やかさ
吉増剛造とBob Dylan二人に共通しているなあと感じたのは、今ある地点を軸に過去と未来を自由に往還している点だ。その姿はとても軽やかに見えた。これを円熟という言葉で片付けるのは違う。大きく息を吸い込んで、ゆっくり息を吐くように言葉を奏でる2人。かれらの身体から発せられる力を同じ空間で共有できたのは、何よりも得難い経験だった。この2日間の出来事を、僕はゆっくりと今整理している。そうしないと、次に進めないような気もしている。
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Gozo & Dylan(Part Ⅰ)
どうもご無沙汰しております。皆様、お元気だったでしょうか?こちらは相も変わらず、俗事にもまれにもまれた日々を過ごしております。が、24・25日の2日間は、僕にとってのコペルニクス的転回をもたらしてくれた2日間でした。主人公は、吉増剛造とBob Dylan.
なぜこの2人なのか?まず吉増剛造から。24日、足利市立美術館で開催中の企画展「画家の詩、詩人の絵」のイベントとして、本企画展にも出品している詩人のトークセッションに参加した。吉増の名は、学生時代から常に目にしてきた人である。そして、僕の好きな田村隆一のエッセイにも度々登場する詩人ということもあって、その人の姿を間近で見られるまたとないチャンスだと思ったためだ。ちょうど、講談社現代新書から、彼の自伝も出たこともあった。
そして、Dylan。翌25日、渋谷はBunkamura オーチャードホールでのライブ。今年75になるDylanの「今」の姿と声を聴きたくて観てきたいってもいい。
時代の雰囲気を受け止めながら、過去と今を往還する
約60名ほどの客席のところへ入ってきた吉増は、とにかく笑顔が素敵な人だった。時に眼光鋭い詩人の顔になるのだが、僕は彼の笑顔にグッと心を掴まれた。イヤホンを耳にし、レコーダーを回しながら話す吉増*1。そうした彼の日常の営みに、僕たちも参加しているというのに素朴な驚きと面白さを感じつつ話に耳を傾けていた。
吉増は声とリズムを大切にする詩人である。そして、「今」を生きる時代の匂いをかいだり肌で感じながら文字を刻んでいる詩人である。話を聞きながら、そのことを痛感できたのが大きな喜びだったし衝撃だった。何よりも、懐古趣味的に過去を振り返るのではなく、今と往還しながら「今」を生きている。そして、あちらこちらから聞こえてくる時代の声を、自らの身体で増幅させながら言葉を刻み続けている。
振り返って、今の僕に足らなかったのは何だろう?それは、あまりにも当たり前に思えていた「音」のある日常と空気感への感受性だ。
吉増剛造の現在進行形の姿を見、声を聞けたのは、とにかく僕に衝撃をもたらした。(続)
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*1:彼が現在行っているプロジェクトというか日々の営み