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ラップ・ミュージックと「演歌」

 トリージャ・ローズ『ブラック・ノイズ』(みすず書房)は、ラップ・ミュージックの持つ様々な文化的プロトコルや重層性を多角的に分析した本である。本書を読んで気付いたのは、都市貧困層の黒人たちから生まれたという点において、ラップ・ミュージックと明治期に誕生した大衆歌謡としての「演歌」にはいくつかの共通項を持っている、ということだ。では、その共通項とは何か?おおまかに4点挙げることができる。
 
1)口承藝などといった人びとの精神的伝承を足がかりに発展していった
2)歌詞の風刺性、心情を仮託する
3)パブリックドメイン(公有)としての節回し、メロディ
4)「口ずさむ」という行為と反復性
 
 1)は、ラップ・ミュージックの場合、アフロ・アメリカンから生まれたという点で、先祖から受け継がれて来た伝統文化としての口承藝(かたりなど)をルーツのひとつに挙げられる。「演歌」は、端唄や小唄のみならず地方民謡といった名もなき人びとが歌い継いできたものをルーツに挙げることができよう。
 2)は、ラップ・ミュージックの場合、自分がおかれている境遇のみならず、社会に対してあるいは恋愛など多岐にわたる。一方「演歌」の場合、初期においてはその名の通り、演説ができないかわりに文句にのせて歌っていた。しかし時代が変わり、世の中を諷刺したり、はたまた男女の色恋なども扱ったりと都市に住む人たちの心情を扱うようになっていった。
 3)の場合、ラップ・ミュージックはゴスペルをはじめ既存のリズム&ブルース、ロックからサンプリングという手法を駆使して歌われている。一方「演歌」の場合、その草創期ではオリジナルの楽曲は皆無であり、もっぱら地方民謡や浪花節あるいは外国曲から借用していた。ここでポイントなのは、著作権云々というよりも、両者いずれにおいてもメロディはみんなのもの=パブリック・ドメインという意識があったという点である。
 4)は、ラップ・ミュージックも「演歌」も人びとが口ずさみ反復することにより、歌を身体化する過程にこそ重きを置いていたように思われる。結局は、聴き手である人たちに口ずさまれなければ、歌は燎原の火のごとく広まらないのだ。
 
 という訳で、いささか乱暴ながらラップ・ミュージックと草創期における「演歌」の類似点を挙げてみた。勿論、両者まったく同じとは思わない。様々な音楽的ルーツ、パフォーマンスなどラップ・ミュージックにおける表現方法の多彩さや深さにおいては、「演歌」とは比べ物にならない。なんだかだで賭するものが違うのだ。
 こんな感じで、本書は著者の博士論文を元にした処女作である。力作である。ちなみに、本書の白眉は女性ラッパーによる作品の分析を通じての性と暴力を考察している「悪女たち」だ。この章だけでも読む価値は十分にある。結局、女性たちは、セクシャルという暴力的装置を同じラップ・ミュージックをやっている男たちからしかけられている、という事実は知っておくべきだ。
 発表されて四半世紀近く経つものの、本書は未だ色褪せることない。ブラック・カルチャーのみならず、ひろく音楽に関心を寄せる人たちに一読をすすめたくなる一冊だ。
 

ブラック・ノイズ

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