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SIM's memo

Books, Foods, Rock 'n' Roll…and more!

 今日は終日家で仕事をしていた。会社でやるべき仕事は、昨日のうちに済ませておいた。で、家を出ることなく、ひたすらパソコンと資料と音と戯れていると、ちゃんと食事を摂っていてもお腹がすく。先日お世話になっている詩人から頂戴した最中を午後3時にひとつをパクリ。薄皮に餡がびっちり入った美味しい最中だ。いつもなら、結構これだけでもお腹いっぱいになるのだが、夕方またお腹がすいてもうひとつパクリ。やっぱり和菓子はおいしい。とりわけ、餡が大好きだ。
 
 最中を食べながら、そういえば、戦前期のマルクス主義経済学者として著名だった河上肇は大の甘党だったことを思い出した。昔河上の『自叙伝』を読んでいたら、とにかく甘いものへの渇望のすさまじさに驚きかつ嘆息した。一般に河上は浅黒く皺深い顔立ちと痩躯な外見も相まって、己に厳しくストイックな典型的な求道者、あるいは漢詩を嗜む文人という印象をもたれている。甘いものへの欲求のすさまじさは、おそらくかれのストイックさと関係があるのかもしれない。
 手許にその『自叙伝』がないので具体的な箇所を示せないのが残念だが、たしか河上が晩年に綴った日記に饅頭への思いを詠った歌があった。仕方ないので、昔書いておいたメモがわりのノートをひっぱりだし、引用した河上の歌を掲げておく。
 
・大きなる饅頭蒸してほほばりて茶をのむ時もやがて来るらむ(昭和20年8月15日)
・饅頭が欲しいと聞いて作り来と出だせる見れば餡なかりけり(昭和20年9月1日)
・何よりも今食べたしと思ふもの饅頭いが餅アンパンお萩(昭和20年9月8日)
 
「平和来たる ―八月十五日―」と前置かれた「大きなる饅頭蒸して〜」は、発句の「大きなる饅頭蒸して」と結句の「やがて来るらむ」に将来の明るい希望を感じられる一首。甘いもの好きでなくとも、この心境はわかるのではないか。「饅頭が〜」は、戦後まもない頃の食糧事情で「餡」が調達できず食べられない切実さと静かな怒りを感じる。この歌をつくった翌年、積年の無理がたたって、栄養失調で亡くなってしまうのだから、まったく食べ物への思いは恐ろしい。そして「何よりも〜」は清々しいまでにストレートにその思いと詠っている。河上は甘いもの=餡が無性に食べたかったのだ。餡好きはこれら歌を座右の歌にすべきだろう。
 
 さて、こちらの歌に文人であり求道者であった河上の面目が躍如しているように思う。
 
・死ぬる日と饅頭らくに買へる日と二ついづれか先きに来るらむ(昭和20年9月8日)
 
「饅頭」を自分が愛するものに置き換えれば、その切実さは身にしみる。餡には誠実な人間、というのも問題ありだけれども。
 

自叙伝 (1) (岩波文庫)

自叙伝 (1) (岩波文庫)