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芥川の歌

 今日3月1日は、芥川の誕生日である。今から121年前の1892年生。芥川は短編小説が有名だが、個人的には芥川の本分は文藝、とりわけ詩歌にあったと見なしている。こころみに、手許にある岩波版『全集』第十八巻(書簡Ⅱ)を繙いてみよう。
 こちらは芥川が塚本文と結婚する直前の大正5(1916)年から大正8(1919)年までの書簡が収められている。芥川の心身が一番落ち着いていた時期である。大正5年2月15日付井川恭宛の書簡には9首歌が綴られている。

  • なげきつゝわがゆく夜半の韮畑廿日の月のしづまんと見ゆ
  • ぬばたまのどろばう猫は韮の香にむせびむせびて啼けり夜すがら
  • 韮畑韮をふみゆく黒猫のあのととばかりきゆるなげきか
  • 韮畑韮のにほひの夜をこめてかよふなげきをわれもするかな

 
翌日、同じく井川恭宛書簡には十一首書き送っている。その一部を書いてみる。

  • 冬の夜はVODKAにふけぬ大理石の卓に骨牌の落つる音して
  • とれにやは青く香れり薄荷酒の杯置きて汝を思ふ夕

これはあくまでも一部。芥川は恋愛や感情面で煩悶している時に、おおく歌を詠んでいる。結婚してからは短歌から俳句へと創作意欲が移っている。とはいえ、歌はつくらなかったのかといえば、そんなことはない。愛する女性が登場すると、歌はだんだん円熟し洗練されていった。
 「文人」という言葉がある。芥川の場合、どちらかというと、生き様のニュアンスがあるフランス語の「homme de lettres」が相応しい。古今東西の教養を身につけ、苦もなく短歌、俳句、詩をつくった。そして、それは彼の人生そのものだった。岩波文庫あたりで、芥川の短歌、俳句をそれぞれまとめたものが出ないものか。ここにこそ、芥川龍之介という近代人のエッセンスがある。