SIM's memo

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卯月読書漫談(下)

 さて、丸谷才一が亡くなって半年が過ぎる。続々とかれの著書が文庫化されている。小説家としては、然程面白いものを書いているとは思えないが、エッセイことに評論については丸谷のよさであるキレがでているように思う。『恋と日本文学と本居宣長・女の救はれ』は小著ながら、文学において「恋愛」という概念が日本と中国ではどうして発展の速度が異なってしまったのか、とあれこれ推理している。ポイントは、日本は何もかも中国を手本にしてきたのに、である。余談だが、以前講談社文庫で出た時に購入し、面白いと思えず早々に売っぱらってしまったことを思い出した。自分という人間は、あまり当てにならない。
 
 ところで、ラジオ業界の仕事に携わるものにとって、ここ数年の業界の低迷は年々深刻になっていて危機感が募るばかりである。そんな中、「ラジオは情熱」という帯のキャッチ・コピーが印象的なピーター・バラカンの語り下ろし『ラジオのこちら側で』は、色々と示唆に富んでいて面白かった。現在、inter FMの執行役員に就いているかれは、自らの経歴を縦軸に、敬愛するBBCのDJ2人の仕事を横軸にし、音楽を通じてのラジオ・テレビの来し方行く末を語っている。とにかく、面白いことをやりたいけれども、スポンサーがとれない。組織にいる以上、組織の論理に呑み込まれてしまっている、そんな想いにある人たちにとって、多少なりとも方向性を与えているところがよかった。個人的には励まされた感じがした。
 
 ラジオ制作に限らず、人間の営みに経済的活動が入らないことはない。とはいえ、その経済について学問的に研究する経済学は人びとから縁遠いところにある。『経済学に何ができるか』は経済活動をめぐるいくつかのキーについて語ってくれている。ポイントはアダム・スミスが指摘した「賢い人」「弱い人」の相克に着目し、この両者の支点になっているのが「デモクラシー」である。語りは説得力があり熱を帯びている。それなりに難しいのだが、経済学のみならず、現代社会の難問をなんとか解きほぐそうとしている姿勢は評価できる。なるほど、本書がネットなどで評判がいいのもうなずけた。
 
 そして、4月に出た新刊『被爆アオギリと生きる』は、被爆によって片足を失った沼田鈴子さんが被爆体験を証言するため、人前に立ち活動に従事する姿を追いかけてきた本。沼田さんは単に自らの被爆体験を語るのではなく、日本が戦争で傷つけてきた国々や被害者とあって一日本人としてお詫びをしてきた。被害者であって加害者であるという自覚。これは並大抵のことでは思えない。それを支えていたのは、沼田さんが出会ってきた人たちとの交流、そして普段からの努力と常に何らかに反応するこころの持ち方だった。沼田さんのこうした姿を落ち着いた筆致で綴っているあたりに、新聞記者である著者の誠実さを感じる。「ジュニア新書」となっているが、大人たちこそ読む必要がある一冊である。
 

ラジオのこちら側で (岩波新書)

ラジオのこちら側で (岩波新書)