SIM's memo

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Soul Mining

 みすず書房から今年の3月に刊行されたダニエル・ラノワ『ソウル・マイニング』は、久しぶりに楽しくそしてこころ揺さぶられる自伝だった。ダニエル・ラノワの名前を聞いたことがなくても、たとえばU2の"The Unforgettable Fire"や"The Joshua Tree"あるいはBob Dylanの"Oh Mercy"や"Time Out of Mind"あるいはEmmylou Harrisの"Wrecking Ball"などを手がけたプロデューサーにしてミュージシャン、あるいはPeter Gabrielのアルバム"So"への協力などなど…。ここへThe Neville BrothersやNeil Youngの名前をちりばめたら、音楽好きであれば、ラノワがどういう音楽をつくってきたかわかるはずだ。つまり、常に魂(Soul)に響く音に忠実にそして驚きと深い感動を聴き手のこころを揺さぶる音作りをする人物であることを。


  
 さて、本書のタイトル「ソウル・マイニング」だが、訳すと「魂の採掘」。これをラノワは「岩石のかけらの中に金や宝石を探して坑道を降りていくイメージ」として、「尊厳と高い質を求めて(どのような分野においても)、ぬかるみの中をとぼとぼと進んでいく人のアナロジー」(p321-2)と述べている。この孤独な姿(勿論、ラノワ自身の姿だが、読んでいるわれわれの姿でもある)は、本書にずっと寄り添ってくれている。本書は時系列にのっとった単なる自伝ではない。彼のセルフ・ポートレートであり、自らの夢を抱いていたり、あるいは現実と闘っている人たちへの本なのである。

 オタワ川はオンタリオケベックの、つまりカナダの英語圏とフランス語圏の境界線だ。子どもの頃、この川には見渡す限り何マイル先までも、製紙工場へと向かう丸太が浮んでいた。いつも当たり前のように、強い硫黄の匂いが空気中に漂っていた。川沿いの道に沿って丸太の山が続いていた。長いアームのクレーンが不思議な溶剤をかけている。これで丸太は一歩、パルプへと近づく。私の両親は、この川のケベック側、すなわちフランス語圏にあったプロジュ・デュッソーという名前の、政府が運営する住宅コミュニティに住んでいた。私たちはフランス系カナダ人だった。(p7)

 
 上で引用したのが本書の冒頭である。僕はここにラノワという人のパーソナリティーが暗示されているように思う。彼があるところにずっと定住してスタジオ・ワークすることなく、つねに"border"をまたがって活動している人である。そして、川の流れは止まることなく流れて行くイメージ、自然物と人工物の混淆、テクノロジー、フランス系…。本書を読み進めていくと、ラノワが何にこだわり、何を心情に音楽という旅を続けているかがわかる。そして、冒頭のこのイメージに立ち返るよう促しているかのような行間に立ち会うことになるだろう。文章に独特のリズムがあるので、読んでいて飽きがこない。訳からでもラノワの声が聞こえてくる。これが本書の最大の魅力だ。
 
 本書の素晴らしさをうまく伝えることができないもどかしさを抱えながら書いている。だけど、本書は間違いなく、僕に寄り添ってくれる本である。僕は僕自身の"soul mining"を続けていくしかない。

「お前にはできないよ」と言われたとき、それが間違いだと証明することを知っているに違いない。にっこり笑いながらも何とか裏口から入り込むのだ。人を助け、アドバイスを与え、見返りを考えずに自分の全てを与える。そうすればある日、レコード・プロデューサーと呼ばれるようになり、依頼が来るようになることを知っているに違いない。(p323)

 
P.S.
ラノワを本格的な音楽への旅へといざなったのが、ブライアン・イーノである。イーノの求道的で教育的な姿勢、はたまた常に革新しつづける姿。改めて、彼のスゴさを思い知った。ラノワの本の傍らには、イーノのソロ・デビューアルバム"Here Come the Warm Jets"があったことも付け加えておこう。
 

ソウル・マイニング―― 音楽的自伝

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ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ

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