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日本国憲法前文をはじめてちゃんと読む(3)

 さて、今回読み比べで参照した資料をまずは列記しておく。

上の3つが基本参照だとしたら、下2つは参考資料として読んだものである。また、現行憲法前文および、改正草案前文については、前者は衆議院憲法調査委員会事務局作成の資料から、後者は自由民主党の資料から引用している。

 

現行憲法と改正草案を読み比べる 〜第1段〜

 それでは、現行憲法と改正草案の前文を読み比べてみよう。それぞれの全文を全て引用するのではなく、段落ごとにわけて読んでみたい。その前にまず、現行憲法前文の構成を確認しておこう。現行憲法の前文は4つの段に分けることができる。一方、改正草案の場合は5つの段に分けることができる。このことを踏まえて、まずはそれぞれの第1段を見て行こう。

【現行憲法】
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 現行憲法前文の第1段では、「日本国憲法成立の事実と方法を宣言し、また憲法の目的や基本原理を概括的に示」している。つまり「憲法は民定憲法であり、平和の達成と自由の確保を目的に、民主主義をその基本原理として、これに反する憲法や法令などを許さない」と述べている。

  •  「日本国民は~この憲法を確定する」で「民定憲法」であることを宣言している。
  •  「自由のもたらす恵沢」の確保、と人権尊重主義、「戦争惨禍が起ることのない」という平和主義を述べている。
  •  「主権が国民に存する」と国民主権を述べている。
  •  で、統治の目的は「国民の福利」実現のためにあること、つまり国民主権と民主主義の原理を述べている。
  •  で「人類普遍の原理」で「全世界の人類に共通に妥当する普遍的な原理」を謳っている。つまり、日本のみに妥当する原理(ここでは「国体」)を排斥することを意味する。また、「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と憲法改正の限界を定めている。つまり「人類普遍の原理」である「国民主権」「民主主義」、そして現行憲法を支えている「平和主義」に反する憲法改正を将来においても一切認めないことを意味している。なお、「これは人類普遍の原理」の「これ」が何を指すのか。よく読むと、国民主権と民主主義の原理を指すように思われる。憲法はあくまでも自国のみの利益を追求すべきではなく、広く個人一般の権利を守るべきものという射程を収めている、と僕は解釈している。

 それでは、改正草案ではどう述べられているのか。

【改正草案】
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。

まず、ここでは、日本国がどのような国であるかを定義している。その中でも気になるのが、日本という国が「長い歴史と固有の文化を持」っていることを強調している点である。これは現行憲法前文にはない記述である。しかし、この文言は改正草案の第12・13条で述べられている「公益」あるいは「公の秩序」の一内容と結びついている(「公益及び公の秩序」については、こちらの拙記事を参照下さい)。となると、前文の法規範性を考慮すれば、日本固有の歴史・文化を共有しない人たちによる人権行使は制限されることになるおそれがある。
 そもそも、憲法の前文とは憲法を制定する目的や基本理念を明示するというのが一般的な理解である。憲法が見据える射程は、あくまで自国のみではなく、「人類普遍」というさらに広く遠くを見据えているものだと考えている。それゆえ、憲法には人類が培ってきた崇高な精神と叡智があると思う。しかし、改正草案では「人類普遍」という文言を削除している点でもわかるように、あくまでも自国のみしか考えていない憲法がもっている普遍性の「ふ」の字も知らぬ独善的なものと言わざるを得ない。現行憲法の前文を読み比べてみて、改正草案前文の劈頭からそういう意識がきわめて薄いことは読んでみるとすぐ気づく(続く)。