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SIM's memo

Books, Foods, Rock 'n' Roll…and more!

On responsibility

 ここのところ、「ぎくしゃくした」とか「なんともいえない微妙な」といった曖昧模糊とした、すっきりしない話ばかりしている。現時点で公私ともにそんな不安定な状態だから仕方がない。とはいえ、仕方がないといって、やりすごす訳にはいかない。時は否応なく流れてゆく。人の気持ちも昨日と今日では違う。
 
 「責任」という言葉は英語では"responsibility"。この言葉を分解すると、再度などを意味する接頭辞"re"+「奉納する」「誓いをする」等を意味する"sponsor"あるいは"respond"+「能力」をあらわす接尾辞"ibility"となる。つまり、一度何らかの理由で手放そうとした義務なり責任などを再び背負うことを誓って腹をくくるという態度がこの"responsibility"には込められている。"responsibility"は、常に他者が伴っている。"response"という言葉があるように、相手あっての「責任」でもある。勿論、自分への責任もある。そうした覚悟などを含めて、おまえにはそれができるかと突きつけてくるのが"responsibility"である。
 さて、ぼくは何に対して「責任」を持つべきだろう?限定的なものではなく、少なくとも、自分とかかわっているもの全てに対して「責任」を、つまり最低限の思いやりを示すと他者に誓いをたてる。これが今のぼくに突きつけられている「責任」である。何故ぎくしゃくしてしまったのか?相手への気持ちを思いはかることをせず、自分の気持ちを優先にしたからではないのか?相手のことを好きならば、自分の気持ちを押し付けるのではなく、相手が心地よくするための環境をつくってあげるのが、相手を好きになったものの「責務」ではないのか。自分の気持ちを伝えることでラクになりたい。そうではなく、他者を好きになることは自分を好きになるばかりではなく、他者の大切なもの自分のものにならないものをも愛せる覚悟があるのか、ということであろう。
 
 今のぼくにはそこまでできるかどうはわからない。わからないけれども、一度はっきりと好意を伝えたのだから、そのことの「責任」は守らないといけない。相手あっての自分なのだから。


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