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日本国憲法前文をはじめてちゃんと読む(5)

現行憲法と改正草案を読み比べる 〜第3段(上)〜

 つづいて前文第3段では、国際社会における「国際協調主義」を宣言している。

【現行憲法】
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

前回の記事で、改正草案には「自国のことのみに専念して他国を無視」するかのような独善的な姿勢が見えることを批判した。その根拠は、この現行憲法前文の第3段である。
 ところで、「われらは〜ならないのであつて」の後に「政治道徳の法則は、普遍的なものである」といささか唐突に文言が出てくるように読める。ここを理解するためには、GHQ草案(通称:マッカーサー草案)作成の運営委員を務め、現行憲法の前文の基を作成したGHQ民政局にいたアルフレッド・ハッシー海軍中佐のあるコメントを見る必要がある。
 

政治道徳の法則

 アルフレッド・ハッシーは、入隊以前はアメリカで弁護士・裁判官として活動していた人物である*1。1946年2月12日、GHQ内部での憲法草案作成のための検討会議にて、ハッシーは出来上がった草案(現行憲法前文の3段をのぞく)を踏まえ、さらに「政治道徳の法則(political morality)」を謳った文言を加えてはどうかと提案している*2。しかし、同じくGHQ草案の運営委員だったチャールズ・L・ケーディス海軍大佐は、政治道徳の法則を宣言するのは「イデオロギーに基づく」ものであり、「王権神授説を思わせる」と難色を示した。しかし、GHQ参謀第2部部長のチャールズ・ウィロビー少将による調整・提案で、新たに「自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国民の責務であると考える」という文言を新たに加え、現行憲法の前文第3段に近いかたちとなっていった。
 ハッシーはケーディスの批判を「時代遅れでバカげたもの」と一蹴した上で、「すべての国家を拘束する基本的な政治道徳がある旨を認めることは、50 年以内に自明の真理と認められるようになるであろう。いかなる国家も、主権の行使が普遍的な政治道徳を破る場合には、主権を行使する権利を有しない」と述べている。つまり、「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という文言を支えているのが「普遍的な政治道徳」にあるとハッシーは考えていたと思われる。「政治道徳」の主語は、「国民の代表者」にして「国民の厳粛な信託」を受けた政治家たちと解釈したい。そして、「この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務」なのだ。
 この第3段は、現行憲法前文の第2段の平和生存権と密接に関係するし、第2段を述べたバックボーンにもなっている(続く)。

*1:国立国会図書館「d.ハッシー文書 1946年2月1日~3月6日」『日本国憲法の誕生』

*2:高柳・大友・田中編著『日本国憲法制定の過程 Ⅰ 原文と翻訳』有斐閣、1972年、248〜253 ページ。以下、ハッシーの発言はこちらから引用した。