SIM's memo

Books, Foods, Rock 'n' Roll…and more!

思い出すことなど(13)

 先日の記事で、人に言えないことという話の延長線で、20代は終りの頃、仕事で知り合った60代の女性を食事に誘ったら、意外や意外O.K.の返事をもらったと書いた。

その方と知り合ってから、年上の女性の魅力に開眼したという訳ではないのだが、これまでの人生で後にも先にも、年齢に関係のない魅力を残してくれた方はそうはいないと思っている。
 
その方は、背丈は155cmくらいだったと思うが、すらっとしてて上品で快活。年齢を聞いてもそうとは信じられない程の若々しさを保っていた方だった。仕事の打ち合わせで幾度となく顔を合わせてはいたが、個人的に話をしていた回数は少なかったと記憶している。ちなみに、ご主人はいた記憶があったが、どんな人なのか聞いたことはなかった。ご今思い出すのは、その方のまっすぐこちらの目を見て話す姿と上品だけどとっつきにくさのない、フランクな雰囲気がある方だった。
 で、食事である。今はないイタリアン・レストランで食事をした。おそらく、僕が場所を決めたと記憶している。平日の夜であったが、その方の服装はいつものビジネス・モードではなく、カジュアルな格好をしていた。普段と目の前にいるその方の違いにびっくりしたのは今でもよく覚えている。一言でいえば、さりげなく違和感なく自然に着こなしていたのだ。オトナとはかくあるべし、と身をもって教わった。
 どんな話をしたか、どれくらいの時間いたかは今では覚えていない。食事が済み、会計をすませようと席を立ったとき、その方は「今日は私がごちそうするから」と言うや否や、さっと席をたち、こちらが「今晩は僕が…」と言う間を与えることなく会計をすませてしまった。そして店の外で、いつもどおりの素敵な笑顔で「今日はありがとう。たのしかった。また食事しましょうね」と言って、颯爽と帰っていった。
 
 さて、このエピソードを今振り返ってみて、いくつかの教訓というか、学ぶべきポイントがあることにすぐ気付く。それは、所詮こちらがカッコ付けたところで、まったくもって見栄をはっているだけに過ぎないとすぐ見抜かれてしまうこと。一応オトコである僕は、食事に誘ったのだから、こちらがごちそうする気持ちで来てはいた。しかし、会計のマナーまでは頭が回っていなかった。その方がトイレで席をたった時にさっと会計を済ませればよかったのかもしれない。さりげない振る舞いができるというのは、オトナであるための条件である。しかし自己弁護になるが、場数を踏まないと気付かない。そういう点では、場数を提供してくれたその方に感謝しなくてはならない。
 そして、僕には下心がまったくなかったかとは言えば嘘になるだろう。明らかにこちらは女性としてその方を見ていたからだ。それを気付いてかどうかわからないが、さらっと態度でいなして帰っていった。もしはじめから、こちらが甘えモード全開でその方と接していたらどうだったのだろう?中途半端にオトコであるような見栄をはった振る舞いなどしない方がよかったのかもしれない。カッコつけることほどカッコ悪いことはない。いずれにせよ、その方がこちらをひとりの男性として思っていたかどうかは今となってはわからない。
 
 この食事をして以降、幾度となく仕事上でお会いする機会があった。けれども、ふたりで一緒に食事をしたのはこの一度きりだった。程なく、僕が当時の職場を辞めたので会うことはなかった(辞める時の挨拶に行った記憶さえない)。
 人の記憶は美化をしたがるものである。けれども、その方への記憶は美化されることなく、当時の印象そのままで記憶としてとどまっている。尊敬していた人だったんだなあ、と痛感した。そして、オトコの欲望は、どこまでも情けないものである。