哲学者と青春の断片
哲学者の木田元氏が亡くなった。享年85歳。亡くなったこと以上に、主要新聞等で亡くなったことが報じられたことに驚いた。そっか、僕が思っていた以上に社会的に著名で影響力のあった方だったんだなと改めて感じた。
木田氏の名前は僕にとって、青春のかたわらにありつづけた。大学院へ進学しようとした時、木田氏が勤めていた大学を受験した。理由は木田氏の授業を受けてみたかったから。受験時の面接官は木田氏ではなかったが、哲学研究室で見かけた姿は忘れられない。とにかく大きく見えたし、彼が放つオーラに圧倒された。しかし残念ながら縁がなく、別の大学院へ進んだ。
僕が真面目に勉学に励むようになったのは、木田氏の盟友だった生松敬三の著書と訳書を読み込んでいたためである。ドイツ思想史を孤独に勉強していた僕にとって、生松敬三がかかわった書籍はアリアドネの糸だった。生松が垂らしてくれた糸を懸命に辿りながら、ドイツ思想史の豊饒なる水源に近づいていくと、僕が苦手だった峻厳なるハイデガーの山に行き着かざるを得なかった。その時、とても裨益させられたのが木田氏の『ハイデガーの思想』(岩波新書)だった。難渋なハイデガーの用語とかれの思想的背景がスーッと頭に入ってきた。あまりにもわかりやすかったためか、かえってあまり血肉化しなかった。これは木田氏のせいではなく、根本的にハイデガーと僕の相性があまりよくないせいである。苦手だけど、常に気になる存在。それが僕にとってのハイデガーだ。
その後、生松が手がけた書籍や訳書、木田氏の大著『メルロ=ポンティの思想』(岩波書店)、『現象学』(岩波書店)を読んできた。しかし一番勉強になったのは、生松との対談『現代哲学の岐路』(講談社学術文庫)だった。「現代哲学」と冠されてはいるが、扱われているのはサルトルやメルロ=ポンティまでで、現代哲学の源流を探求した入門書であった。ここでは、思想史が専門の生松が主旋律を奏でるよう木田氏がフォローしているように感じた。二人の専門が異なるため、相互に足りないところをうまく補われた著書だった。対談という形式もあって、大変わかりやすかった。
生松が1984年に亡くなって以降、木田氏は生松の雑文をまとめた『書物渉歴』(全2巻、みすず書房)を編んだり、生松の生前最後の翻訳であったG・スタイナーの『マルティン・ハイデガー』(岩波現代文庫)の増補部分を訳したり、生松の主著となった『二十世紀思想渉猟』(岩波現代文庫)の解説を書いたり*1等、亡き友を常に傍らに感じながら、自らの仕事を手がけていった木田氏。30年振りに天国であう生松といったいどんな話をしているのだろう。
図らずも、木田氏の死は僕の青春の断片が文字通り断片として遠くに行ってしまったことを痛感した。久方ぶりに自分の青春を哀悼する意味でも『わたしの哲学入門』(新書館→講談社学術文庫)を読んでみよう。
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