SIM's memo

Books, Foods, Rock 'n' Roll…and more!

花残月漫読記

 ♪April come she will〜って歌ってのはSimon & Garfunkel(のArt Garfunkel)だが、まったく早いもので世の中はGWです。そんな中でも、今回も何を読んできたかを列挙していこう(以下、著者(訳者・編者名)『タイトル』(出版社、発行年):読了日を明記)。

  1. 野村 玄『豊国大明神の誕生』(平凡社、2018年):4月8日
  2. 梨木香歩海うそ』(岩波現代文庫、2018年):4月22日
  3. 堀川惠子『教誨師』(講談社文庫、2018年):4月23日
  4. 若林 恵『さよなら未来』(岩波書店、2018年):4月25日
  5. 松村圭一郎『うしろめたさの人類学』(ミシマ社、2017年):4月29日

 
 1は豊臣秀吉没後に朝廷から与えられた「豊国大明神」をめぐる問題を丁寧に読み解いている。気鋭の歴史学者だけあって、問題設定(意識)も仮説を丁寧に積み上げ、証明していくところは面白い。
 2は南九州の架空の島を舞台に、昭和初期に調査に訪れた人文地理学者を主人公にした小説。木々や虫、鳥たちの描写は言うに及ばず、主人公を取り巻く島に暮らす人々を描く筆致は、どこまでも透明に思えた。かつて、島に暮らす人々が身近に感じてきた神々の息吹が、明治期の廃仏毀釈と政府による国家神道という制度によって押さえつけられていく。その中でも、敗戦を経て、高度成長期を迎え、島が開発されていく様を50年後に訪れた主人公のなんともいいようのない無力感と寂寞感は、主人公が若き日に触れてきた島の人々が持っていた透明感と対称的に思えた。
 3は重い書籍である。本書の主人公である僧侶で教誨師の渡邉普相の半生は、僕たちと同じく、人間的な余りに人間的なものである。そう思わるのは、渡邉を教誨師の道へと誘った僧侶・篠田龍雄の生き様である。とりわけ、印象深かったのは以下の箇所である。死刑執行が再開された昭和42年10月、篠田が教誨師として、小菅刑務所で死刑執行に立ち会った際の話である(渡邉は初めて死刑執行に立ち会った)。

「先生!私に引導を渡して下さい!」
刑務官たちの手が止まった。みなが篠田の顔一点を凝視した。渡邉は焦った。浄土真宗に「引導」などない、どうする。すると篠田は迷いなくスッと前に進み出た。そして桜井に正面から向き合った。互いの鼻がくっつくほど間合いを詰め、桜井の両肩を鷲摑みにして、しゃがれた野太い声に腹から力を込めた。
「よおっし!桜井さん、いきますぞ!死ぬるんじゃないぞ、生まれ変わるのだぞ!喝ーっ!」
桜井の蒼白い顔から、スッと恐怖の色だけが抜けたように見えた。
「そうかっ、先生、死ぬんじゃなくて、お浄土に生まれ変わるんですね」
「そうだ、桜井君!あんたが少し先に行くけれど、わしも後から行きますぞ!」
潤んだ両の目に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだと思った途端、その笑みは白い布で隠された。そこからは、わずか数秒のことだった。(240ページ)

生きて償えないほどの罪を背負った死刑囚たちが死刑になるのは、犯罪のことを考えると当然だという意見もあろう。けれども、人が、制度の下で命を奪うというのはどういうことなのか?この問いは僕たちひとりひとりに突きつけられていた問いであることを、改めて痛感させられた。
 篠田は終生、虫はおろか、木々の枝をも折ったり切ったりすることを忌み嫌うほど、徹底して命を大切にしてきた僧侶だったという。
 
 さて4と5である。4は、僕が唯一定期購読していた『Wired』という雑誌の日本版編集長として活躍していた人の原稿をコンパイルした書籍。やや玉石混交感は否めないものの、キラリと光る文章は視点が数多くあり、2段組で500ページ以上というかなりのヴォリュームだが、一気に読める。
 5は僕と同い年の文化人類学者がエチオピアで経験したことを通じて、人と人とがかかわり生きていくとは何か?を「うしろめたさ」をキーワードに綴った書籍。個人的には、エチオピアでのエピソードの方が断然面白く、また活き活きしていると思った。
 新緑がきれいな5月である。仕事がいきなり忙しくなったが、どんな書籍を読もうか楽しみながら過ごしたい。
 
★4月で面白かった(というか印象深かった書籍は)こちら。

教誨師 (講談社文庫)

教誨師 (講談社文庫)

一気に読まずにいられなくさせる筆致と構成に言葉を失くします。

今になって気づいた転機

 先日、親しくさせてもらっている年上の方と温泉へ行ってきた。ちょうどよい湯加減の露天風呂へ行き、頭にタオルをのせながら、音楽の話題、そして高校時代の話に流れた時のこと。

SIM:「高校1年の頃、まわりとはかけ離れてFacesとSimon & Garfunkelを聴いていたんすよ。だから、結構こじらせていたと思うんです。いろんなことを。あ、だけど、こんな僕にも告白をしてきてくれた女の子がいたんす」
年上:「へぇー、で?」
SIM:「朝、電車の中で、知らない女子高生からいきなり、『友達があんたのこと好きだと言ってるんだけど、話してくんない?』って言ってきて」
年上:「SIMくんに話しかけてきた女の子って、ヤンキーなの?」
SIM:「いえいえ、ソフトボールやっていたショートカットの女の子で、顔見知りではあったんす」
年上:「で、SIMくんはどうしたの?」
SIM:「とりあえず、好きだと言ってきてくれた女の子ととちょっと話して、なぜか僕が自宅の電話番号を教えて彼女がかけるという状況になっちゃったんですよねぇ」
年上:「で、向こうは電話かけてきたの?」
SIM:「はい。その日のうちかどうか忘れちゃったんですが、電話かけてきてくれて。ドキドキしましたよ」

その電話でその奇特な彼女から告白されたのだが、何せどういう人で、どんな性格の女の子なのだかわからないので(ただ珍しい苗字だった)、いいも悪いも答えられなかった。なので、ヘラヘラと「あ、ありがとう」と童貞感まるだしでお礼をいったのは覚えている。
 
 さて、問題はここからである。今の僕なら、好きでも嫌いでもなければ、男子校の薄暗い生活から抜け出せる一条の光のようなこの出来事にすがりついて、付き合えばよかったのである。しかし当時、FacesとSimon & Garfunkelとサディステック・ミカ・バンドとBadfingerをこよなく愛していた僕は、彼女と付き合うことをせず、カッコつけてしまったのだ。こじらせ感、ここに極まれりである。
 人によっては、お前が彼女と付き合うと判断しなかったのは、ふつーだと言ってくれるかもしれない。しかし、もしここで彼女と付き合っていたら、こうしてこのネタを広大無辺のインターネット世界の片隅で書くこともなかったろうし、音楽関係のラジオ番組に出ることもなかっただろうし(まして、Facesやサディステック・ミカ・バンドの特集をやるなどなかっただろう)、出版関係で働いてもいなかっただろう。そんなことを年上の方に話したら、「そりゃあ、そうだよ。間違いなく、やってないで、ふつーにサラリーマンになって結婚してただろうね」と言われてしまった。
 
 今にして思えば、あの時彼女と付き合っていたら、僕の人生は今とは景色を見せていただろう。人の痛みにも、少しは早く気づけたかもしれない。そんなことを星が見える夜空の下で、頭にタオルをのせたおっさんが、付き合わなかったという事実を自分の人生の転機だと確信したのだから、そうなのだ(根拠のない自信だが)。
 
 彼女が今何をしているかわからない。きっと幸せに暮らしているのだろう。今あったとしても、きっと僕のことなぞ覚えてないはずだ。覚えてないはずだが、当の僕はというと、どういう因果か、彼女と同じ苗字を冠した神社を目下の企画本でとりあげようかどうかと、ずっと逡巡している。

花月漫読記(下)

  1. レイモンド・チャンドラー村上春樹訳)『水底の女』(早川書房、2017年):3月1日
  2. 黒嶋 敏『秀吉の武威、信長の武威』(平凡社、2018年):3月3日
  3. ゲンデュン・リンチェン 編(今枝由郎訳)『ブータンの瘋狂聖 ドゥクパ・クンレー伝』(岩波文庫、2017年):3月4日
  4. 樋口州男『将門伝説の歴史』(吉川弘文館、2015年):3月5日
  5. 本村凌二地中海世界とローマ帝国』(講談社学術文庫、2017年):3月7日
  6. 望月昭秀『縄文人に相談だ』(国書刊行会、2018年):3月9日
  7. 斎藤美奈子文庫解説ワンダーランド』(岩波新書、2017年):3月9日
  8. 佐滝剛弘登録有形文化財』(勁草書房、2017年):3月10日
  9. 唐澤太輔『南方熊楠』(中公新書、2015年):3月10日
  10. 井波律子『中国侠客列伝』(講談社学術文庫、2017年):3月11日
  11. 中村和恵日本語に生まれて』(岩波書店、2013年):3月11日
  12. 平野 聡『大清帝国と中華の混迷』(講談社学術文庫、2018年):3月13日
  13. 水野一晴『世界がわかる地理学入門』(ちくま新書、2018年):3月15日
  14. 樋田 毅『記者襲撃』(岩波書店、2018年):3月18日
  15. 湯浅浩史『ヒョウタン文化誌』(岩波新書、2015年):3月18日
  16. 武井弘一『茶と琉球人』(岩波新書、2018年):3月20日
  17. 田中大喜『新田一族の中世』(吉川弘文館、2015年):3月25日
  18. 鞆の津ミュージアム監修『ヤンキー人類学』(フィルムアート社、2014年):3月30日
  19. レイモンド・チャンドラー(マーティン・アッシャー編、村上春樹訳)『フィリップ・マーロウの教える生き方』(早川書房、2018年):3月30日

*著者(訳者・編者名)『タイトル』(出版社、発行年):読了日を明記。

日本史の森を分け入りながら(2・4・6・17)

 平凡社から昨年(2017)からはじまった「中世から近世へ」シリーズは、個人的には数多あるシリーズ本の中では出色だと思っている。内容や執筆陣もさることながら、カバーデザインなどの装丁や使用している紙、版組みに編集者のこだわりと愛情が感じられる。2もそのシリーズの一冊。「武威」という言葉はなかなか聞きなれない言葉だが、信長や秀吉がいかにして「武威」という目に見えぬ波動(と敢えて述べよう)で統治していこうとしたのかを丁寧に論じている。とにもかくにも、武威を武威たらしめているのは情報戦をいかに勝ち抜くかに尽きるのではないだろうか。
 歴史の分野でのシリーズものといえは、老舗中の老舗である吉川弘文館の「歴史文化ライブラリー」も負けてはいない。仕事で参照する必要が出たので、4と17をほぼ同時期に読んだ。4は平将門という怨霊界のヒーロー?がいかに語られ信仰されてきたかを論じている。個人的には、やや物足りなさを感じた。「伝説の歴史」と銘打っているのであれば、大きな物語ではなく、例えば地方の残されている伝承について検証し、将門を介した人々の信仰と想像力についても触れてもよかったのでは、と思ったためである。17は敗者のヒーローともいうべき新田義貞を輩出した中世期における新田一族の興亡について語っている。同族の足利氏とどこで差がついたのか?たぶんに偶然的要素もあったものの、かれらもまた時の政治的潮流に翻弄されつつ、地盤を固めながら一族存亡のために闘い抜いてきたのがよくわかる。新田一族という特定地域に根付いていた集団について語りながら、歴史はいかにストーリー化され、それが事実化されていくかを検証している点でも本書は結構考えさせられる一冊だ。
 ところで、歴史物と言っていいのだろうか、6は昨今の縄文ブームを笑いと本気で軽やかに歩く一冊。フリーペーパー「縄文ZINE」の発行人である著者が、迷える現代人の悩みを縄文人の視点からぶったぎっている(このテイストは、みうらじゅん田口トモロヲのユニット「ブロンソンズ」による『ブロンソンならこう言うね』(ちくま文庫)と同じである)。とはいえ、随所に「縄文」への愛があるので許されるし、結構これで縄文時代の特徴はわかると思うので、新しい啓蒙書とも言っていいのだろう。
 

さまざまなジャンルから「今」を知る(8・14・18)

 さて、歴史は過去の出来事や物語を通じて今を知り、そして来たるべき未来についてどのように歩んでいくかの指針になる。そういう意味では、14のノンフィクションで扱っている事件は決して過去の事件ではなく、現在進行形の事件であり歴史の1ページを構成しているといえる。問題の真相(層)はどこまでも昏く深い。そこを30年余り追い続けている著者のひとまずの中間報告でもあり、悔恨の書とも言える。時間は戻らないからこそ、ノンフィクションというジャンルは生まれたことを思い知らされる。
 過去のレガシー(遺産)をどのように活用するか?これはその地域の文化を次に繋いでいくための課題である。8は名前は聞いたことがあるけど、その制度の実態がいまひとつわからない人のための入門書と言っていいだろう。文化財と国などの行政からのお墨付きには、主に「指定」と「登録」制度があるが、「登録」はこの歴史遺産は文化財として国からお墨付きをいただいた方がいいと思ったわれわれが、所在の県を通じて国に願い出る制度である。それゆえ、「指定」と比べて文化財への間口が広いため、さまざまな文化財が「国登録」として文化財と認められている。本書を読むだけでも、あそこに行って見てみたいと思わせるのは、その地域の文化の底力である。まずは多くの人たちに文化財に関心を持ってもらうことが、後世へ文化財を伝えていくための第一歩である。
 文化財といえば、田舎の無形民俗文化財ともいえるのが「ヤンキー」である。2014年、「ヤンキー」が生み出す文化遺産(と敢えて言おう)であるデコトラ、デコバイク、デコチャリ、学ランなどを一挙に展示したのが広島県福山市にある鞆の津ミュージアムであり、18はその図録である。これら機能性を無視した装飾過多は今にはじまったことではないことを栃木県民なら気づくはずである。そう、日光東照宮陽明門を頂点とするあの華美な装飾こそ、「ヤンキー」たちが今なお生み出しつづけ継承している精神の端緒である。
 日光東照宮といえば、機能主義の権化とも目されがちなブルーノ・タウトをして「いかもの」(キッチュ)と言わしめ、半ば唾棄されたといっても過言ではない。その精神は陽明門の装飾のみならず、日光に通ずる街道の宿場町に残されている。いわゆる「彫刻屋台」である。
 この屋台は、一昨年(2017)、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」のひとつとして登録された「鹿沼今宮神社祭の屋台行事」で披露され、ヤンキー風情の若者たちを中心とした鹿沼の人々の熱き血潮がゴシック彫刻を思わせる屋台とお囃子にこれでもかとまぶされている。なお、個人的には、鹿沼はヤンキーが栃木県内の他の市町よりもヤンキーが多いような気がする。またかれらは就職や進学で東京へ多く出て行くも、ある年齢になると鹿沼へ戻ってくる傾向が他の地域よりも多いような気がする。こうしたメンタリティーを象徴しているのが、ゴシック的彫刻屋台だと思っている。
 はからずも、18を読みながら、栃木県における日光へつながる街道筋の文化についてあれこれ考えを巡らせることができた。ちなみに、組版は結構甘かった。内容が素晴らしかっただけに、かえすがえすも残念である。
 
そんな訳で、4月は少し読書ペースは落ちそうな予感があるも、ここにしっかり書けるように読んでいこう。

★3月で面白かった(というか印象深かった書籍は)こちら(その2)。

ヤンキー人類学-突破者たちの「アート」と表現

ヤンキー人類学-突破者たちの「アート」と表現

本書は地域表象文化論だと改めて思った。

花月漫読記(上)

 なんと、この「漫読記」を真面目に3カ月連続で書いてる!というか、備忘録的に書いているので、ちゃんと意識していれば書けることを改めて確認できた。さて前置きはこれくらいにして、早速列挙していこう(以下、著者(訳者・編者名)『タイトル』(出版社、発行年):読了日を明記)。

  1. レイモンド・チャンドラー村上春樹訳)『水底の女』(早川書房、2017年):3月1日
  2. 黒嶋 敏『秀吉の武威、信長の武威』(平凡社、2018年):3月3日
  3. ゲンデュン・リンチェン 編(今枝由郎訳)『ブータンの瘋狂聖 ドゥクパ・クンレー伝』(岩波文庫、2017年):3月4日
  4. 樋口州男『将門伝説の歴史』(吉川弘文館、2015年):3月5日
  5. 本村凌二地中海世界とローマ帝国』(講談社学術文庫、2017年):3月7日
  6. 望月昭秀『縄文人に相談だ』(国書刊行会、2018年):3月9日
  7. 斎藤美奈子文庫解説ワンダーランド』(岩波新書、2017年):3月9日
  8. 佐滝剛弘登録有形文化財』(勁草書房、2017年):3月10日
  9. 唐澤太輔『南方熊楠』(中公新書、2015年):3月10日
  10. 井波律子『中国侠客列伝』(講談社学術文庫、2017年):3月11日
  11. 中村和恵日本語に生まれて』(岩波書店、2013年):3月11日
  12. 平野 聡『大清帝国と中華の混迷』(講談社学術文庫、2018年):3月13日
  13. 水野一晴『世界がわかる地理学入門』(ちくま新書、2018年):3月15日
  14. 樋田 毅『記者襲撃』(岩波書店、2018年):3月18日
  15. 湯浅浩史『ヒョウタン文化誌』(岩波新書、2015年):3月18日
  16. 武井弘一『茶と琉球人』(岩波新書、2018年):3月20日
  17. 田中大喜『新田一族の中世』(吉川弘文館、2015年):3月25日
  18. 鞆の津ミュージアム監修『ヤンキー人類学』(フィルムアート社、2014年):3月30日
  19. レイモンド・チャンドラー(マーティン・アッシャー編、村上春樹訳)『フィリップ・マーロウの教える生き方』(早川書房、2018年):3月30日

マーロウ的精神を外部から眺めると(1・7・10・19)

 先月に引き続き、「マーロウ」ものを再読(1)。この作品はさほど評価が高い訳ではないものの、第二次世界大戦の影響が影を落とした暗い作品だ。とはいえ、いつものマーロウ節は健在。最近、そんなマーロウ(というか、チャンドラー)語録のアンソロジーが出版された(19)。正直、チャンドラー・ファン以外はあまり楽しめないような気もするが、「こんな一文あったけなあ」と己の記憶力を試すには楽しい一冊である。
 ところで、フィリップ・マーロウ・シリーズの最新訳は村上春樹氏であるが、ここでのかれの解説文とこれまた村上もチャンドラーも好きだったスコット・フィッツジェラルドの代表作『グレート・ギャツビー』での村上の解説文を論じているのが7だ。チャンドラーの『ロング・グッドバイ』はとりもなおさず、『グレート・ギャツビー』の優れた解説文という指摘だけでも、本書は読んだ価値がある。そして、『グレート・ギャツビー』での村上の解説は自分語りが多いという指摘も納得。そのあたりのムラというのが、村上が『グレート・ギャツビー』に並々ならぬ想いがあったことを裏付けているように感じてしまう。
 ちなみに、マーロウものを読んでいたら、なぜだか中国の侠客のことを思い出していた。なので一読したのが10。ここでいう「侠客」は正義を重んじる「義侠」をもった人々である。そうした侠客のタイプを歴史上の人物たち(主に司馬遷史記』にある「遊侠列伝」から)や文学上の作品から紹介している。マーロウもそうだが、侠客たちはそれぞれの論理で筋を通した生き方をしてきた。かれらはアウトロー故に勝者になることはほとんどなかった。けれども、その生き方は今なお多くの人たちを惹きつけている点で、人間の複雑多面な姿を考えずにはいられない。それは決して苦々しいものではなく、どこまでも儚く悲しいが、どこまでも清々しい。

世界史の扉を開く(3・5・12・13・15・16)

 どうして読もうと思ったか忘れてしまったが、古代ローマについては常に興味を抱いている。5は10年前に出たシリーズの文庫化だ。学術的かつ読み物になっているのは、ひとえに著者の熟練された文にある。ただしある程度の予備知識がないと面白くないかもしれない。
 熟練といえば、12での文章は素晴らしい。否、文章のみではない。著者の問題意識と過去のことを語りながら、常に現代を見据えているその姿勢が信用できる。そんな訳で、こちらも清朝期も常に興味を抱いている時代のひとつだ。
 清朝を語る上で忘れてはならないのは、チベット琉球王国との関係だ。前者はチベット仏教において、後者は「冊封」という関係でだ。3はチベットよりもブータンで今なお愛されている僧ドゥクパ・クンレーの言行録。性的に破天荒(と一般の人から見れば映る)ながら、彼の理屈と行いは崇高だが親しみを感じる。硬直した雰囲気が漂う今だからこそ、この手の書籍がもつ意味は重い。そして、数ある琉球王国に関する書籍でも、16は琉球の人々が愛飲していた「茶」の視点から、琉球王国に生きた人々を語った精神史的要素が強い一冊。鶴見良行の名著『バナナと日本人』が常に傍にあったのがよくわかる。
 こうした精神史・文化史的アプローチで面白かったのが15。「ヒョウタン」は昔話にもよく出てくるのだが、実物をちゃんと見た/触れたことがある人は決して多くないのではないか。それにあのフォルムになぜ惹かれるのか、遺伝子レベルであのフォルムを愛でるプログラムが組み込まれているのでは、と思うほどである。しかしながら、世界各地で利活用されているというのは、ヒョウタンが実に優れた植物であり、また人間と切っても切り離せない深い関係だという何よりの証左であろう。
 ヒョウタンに限らず、こうした植物や人々の営みを知る上で、新刊の13は入門書として最適な一冊。地理学と銘打ってはいるが、当然ならが歴史学文化人類学と重なる部分が多い。ある部分をただ知るだけでは、対象を見失うことを改めて痛感させられる。

日本を相対化する(9・11

 世界各地の歴史を見る(読む)ということは、とりもなおさず日本を相対化することでもある。そういう意味では、今なおその全貌をとらえきれていない世界サイズの人物といったら、まず南方熊楠に指を屈する。その生涯と彼の思想の一端に触れることができるのが9だ。森羅万象あらゆるものに興味を抱く中、熊楠が常に心にあったのは人のこころと菌類のミクロコスモス的世界だった。南方熊楠関連の書籍はそれなりに読んできたが、著者のスマートな著述に好感は抱きつつも、ちょっと物足りなさが感じられた。熊楠の森は上を見れば、こんもり茂った葉っぱと立派な枝ぶりで無限空間のように思えるが、それが熊楠の最大の魅力だと思っている。
 熊楠は複数言語を読み書きできたという人物だった。言葉はその地域を生きる人たちの文化そのものである。11は英語圏を中心に、中南米へと研究や旅で巡ってきた文学研究者であり詩人でもある著者のエッセイ。日本語を当たり前のように使っているが、その当たり前がひとたび崩れた時、僕たちが使っている日本語はどうなってしまうのか。著者の思いは静かだが、ふつふつと熱く、だからこそ取り上げている内容ひとつひとつが重みがある。とはいえ、エッセイなのでふわりとした軽さもある。軽さと重さのハーモニーこそ、著者最大の魅力だろう。(続)
 
★3月で面白かった(というか印象深かった書籍は)こちら(その1)。

サブタイトルが「世界の本屋さんで考えたこと」がキモ。本屋さんこそ、その地域におけるあらゆる(いろいろな意味での)「知」の集積地なのである。

梅見月漫読記

 いつも三日坊主ならぬ一回坊主である小生が、2回目もこうして記すことにわれながら驚いている。そして、リズムをつくることの大切を実感している。いずれにせよ、2月はリズムをうまくつくれずにいたような気もしていると述べたところで、早速列挙していこう(以下、著者(訳者・編者名)『タイトル』(出版社):読了日を明記)。

  1. 都築響一『ヒップホップの詩人たち』(新潮社):2月3日
  2. 義江彰夫神仏習合』(岩波新書):2月5日
  3. 伊藤 聡『神道とはなにか』(中公新書):2月5日
  4. 芸術新潮編集部(編)『神々が見える神社100選』(新潮社):2月7日
  5. 本田不二雄『ミステリーな仏像』(駒草出版):2月11日
  6. レイモンド・チャンドラー村上春樹訳)『プレイバック』(早川書房):2月20日
  7. レイモンド・チャンドラー村上春樹訳)『リトル・シスター』(ハヤカワ文庫):2月23日
  8. レイモンド・チャンドラー村上春樹訳)『高い窓』(ハヤカワ文庫):2月24日
  9. レイモンド・チャンドラー村上春樹訳)『大いなる眠り』(ハヤカワ文庫):2月25日
  10. レイモンド・チャンドラー村上春樹訳)『ロング・グッドバイ』(早川書房):2月28日

 
 1は、小生の目標であり勝手にリスペクトしている著者の汗と情熱がいっぱいつまった素敵な一冊。内容は結構ヘヴィーなものもあるのだが、それがうまく読めるのは取り上げているラッパーたちと都築氏との距離感がなせた技なのだろう。
 2から5は、目下取り組んでいる仕事がらみで読んだもの。2はいささか難しいところもないではないが、神仏習合のポイントがわかりやすく書かれている。3と4は一度読んでいるのだが、3は途中で挫折して売却→また買い直すというわが黄金パターン、4は本書の出来のよさに嫉妬混じりで読んでいたので、内容がうまくわからないままだったので、関連仕事をはじめたのを機に再読。
 ところで、3の著者が終章末尾で次のように述べている。

現代の神道の信仰の姿が、一見素朴に見えたとしても、それは古代のプリミティブな自然崇拝の残存ではない。それは、中世・近世・近代における神道の形成・展開過程において、再解釈・再布置された結果として装われた素朴さであり「古代」なのである。なぜなら、仮構された〈固有〉性への志向こそが、神道の基本的性格なのだから。

僕はこの箇所を読んで衝撃を受けた。それと同時に、とても腑に落ちた。とりわけ、「仮構された〈固有〉性への志向」という言葉に、一種のファンタジーとしての神社、そして僕たちが今なお神社(御朱印)巡りの本質があると思っているし、人は「仮構された〈固有〉性」に心惹かれるのだから。
 5は昨年(2017)出版早々話題になった一冊。たまたま、今調べている神社が所有している文化財が掲載され、俄然興味を惹かれ購入。仏像の奥深さにくらくらしつつ、中身の濃さにお腹いっぱいになってしまった。
 6〜10は、毎年必ず再読しているチャンドラー。精神的に疲れて、心を無にしたくなり読みはじめた。毎回読む度に新たな発見があり、読んでいてワクワクしてしまう。そして、今回もじっくりゆっくり味わいながら読んだ。まさに至福のひとときだった。しかし、今回10を読んでいて、主人公フィリップ・マーロウの年齢がなんと小生と同じだったことに気づき愕然とした。オトナな印象を抱いていたから、自分がマーロウの年齢になっていて、そこからまったく成長していないなあ、と思ったからだ。とはいえ、10でのマーロウはいささか子供っぽい。これは悪い意味でなく、自らの信念を曲げずに愚かだとわかっていても突き進む姿に、多くの人たちを魅了してきたのだろう。せめて、小生もマーロウのような不器用だけど信念をもって生きたいと改めて思った。
 
 そんな訳で、3月もちゃんとここに書けるように読んでいこう。

★2月で面白かった(というか印象深かった書籍は)こちら。

ヒップホップの詩人たち

ヒップホップの詩人たち

信念があるという点では、マーロウもラッパーの皆さんも共通している。だから面白い。

睦月漫読記

 2018年は、毎月末から翌月初にかけて、備忘録的にその月に何を読了したか書いておこうと思った。一応、読了した書籍については把握してはいるが、いかんせん可視化されていない。なので、書いておくのも悪くないなと思った次第。それでは、以下に列記しておこう*1

  1. ウィリアム・バロウズ中川五郎訳)『ジャンキー』(河出文庫):1月4日
  2. トム・ウェインライト(千葉敏生訳)『ハッパノミクス』(みすず書房):1月8日
  3. 千葉惣次(文)・大屋孝雄(写真)『東北の伝承切り絵』(平凡社):1月9日
  4. 岩鼻通明『出羽三山』(岩波新書):1月13日
  5. 佐藤良明『ビートルズとは何だったかのか』(みすず書房):1月14日
  6. 加藤郁美『にっぽんのかわいいタイル』(国書刊行会):1月21日
  7. 西部 邁『保守の真髄』(講談社現代新書):1月22日
  8. 佐藤 信(編)『古代史講義』(ちくま新書):1月24日
  9. コロナ・ブックス編集部(編)『日本の伝統色』(平凡社):1月25日
  10. 都築響一『独居老人スタイル』(筑摩書房):1月27日
  11. 佐々木マキ・小原 央明(編)『佐々木マキ』(河出書房新社):1月27日
  12. 東京大学史料編纂所(編)『日本史の森をゆく』:中公新書:1月29日

 
 1は、昨年末の地元の古書市で電撃的邂逅で即座に購入した古書。10年近く前に読んだ『麻薬書簡』(河出文庫)と併せて、ようやくバロウズ的世界へ行くことができた。それはなによりも、2が出版されたおかげかもしれない。こちらはおすすめ。人間の欲望を支えているのは、欲望の経済学ともいうべきシステムというのがよくわかる。義理人情の世界とはまた違ったドライだけど、どこか笑える(Thomas Pynchonが描く人間模様は、決してかれの妄想から出ていないリアリズムであるのがよくわかる)。
 3と4は仕事がらみで読んだ。信仰は身近だけど奥が深い。これまた、人間の多様な側面のひとつである。5は温泉入った後、なぜか佐野のKFCで一気呵成に読了。6はオールカラーの意欲作。著者のタイルへの深い愛情が感じられる良書。続編が出るとのことで鶴首して待ちたい。
 7は衝撃的な最期を遂げた著者の遺作(と思ったら、3月に平凡社新書で本当の遺作が出るとわかり早合点)。個人的には、やはり難しいというか相性が悪いと思ったが、著者の絶望と憂いはよくわかった。8はお世話になっている方から薦められた本。入門書として読みやすく、また各章末に文献案内があるのがよい。12も8と同じアンソロジー。常日頃から史料を扱っている研究者たちによる興味深いエピソードが面白い。中には、さらに読んでみたいと思わせるものもあり、新書版で1つあたり約7ページというヴォリュームがそうした思いをさらに募らせている。
 9は僕の好きな「コロナ・ブックス」シリーズ。先人たちの色認識の多様さにただただ驚くばかり。B5変形版というのは意外にも手に取りやすいのだ。10は、敬愛してやまない著者本。東京へ向かう電車の中で読了してしまった。独居老人をテーマにした書籍だが、僕は読みながら書籍づくりのことが頭から離れなかった(かれの書籍を読むと、常にそうなるのだ)。11は、講談社から刊行されている初期〜中期村上春樹の表紙絵を手がけていることで有名な佐々木マキを知る最適な1冊。ガロ投稿時代から、基本的にブレていないことがよくわかる。
 
 そんな訳で、2月はどんな書籍を読んでいるのだろう(って、目下も読み続けているのだが)。

★1月で一番面白かった(というか印象深かった書籍は)こちら。

ハッパノミクス

ハッパノミクス

装丁も内容も素晴らしかった!

*1:以下、著者(訳者・編者名)『タイトル』(出版社):読了日を明記

輝く!積読状態の書籍アワード2017(下)

建造物は人間の英知が凝縮されている

 仕事柄、建造物に対する興味・関心は常に持ち続けています。ですので、どうしても書籍もその手のものに目がいって、財布と相談しながら気になった書籍は購入するようにしてます(『登録有形文化財』は制度はもちろんですが、明治期以降の建造物を「文化財」の名のもとに価値を担保しているカタログとして関心を寄せています)。そんな中、選んだ書籍は・・・

のこぎり屋根紀行

のこぎり屋根紀行

どれにしようか正直迷ったのですが、僕が住むところの隣県である群馬県の文化に特化した切り口で数多くの良書を出版している上毛新聞社に敬意と羨望と嫉妬をこめつつ選ばせていただきました。のこぎり屋根は採光のためにあの独特の屋根になった建物ですが、著者は全国に残るのこぎり屋根とその背後にある歴史を逍遥しています。書籍に使っている紙の厚みが独特なので、一度手にしたら忘れられない一冊となりそうです。
 

今年も図録を書いましたよ

 今年も展覧会にはポツリポツリと見にいったのですが、どうしても図録目当てに訪れてはただ購入するのみ、というのが数多くありました。そんな中、個人的に一番気に入っているのは、『涯テノ詩聲 詩人 吉増剛造展』でした。
 ずしりとした重みのあるこの図録は、現時点での吉増剛造のこころとかたちを具現化しているといっても過言ではありません。本図録に寄せている論考の充実ぶりもさることながら、本人の作品と吉増が影響を受けてきた人たちの作品も併せて紹介されているところに、本図録が吉増剛造という詩人のポートレートにもなっていると思います。2018年4月27日から沖縄県立博物館・美術館で、8月11日からは東京都渋谷区立松濤美術館でも巡回します。ぜひ本図録を手にしてみてください。
 

そんな訳で年間積読状態の書籍は・・・

俗語発掘記 消えたことば辞典 (講談社選書メチエ)

俗語発掘記 消えたことば辞典 (講談社選書メチエ)

本書籍は、読もう読もうと思って、年初に購入していたのに、結局1年近く本棚の肥やしにしてしまいました。「辞典」と銘しているので、どこから読んでも楽しいのでしょう、きっと。
 
 そんな訳で、毎年最後に選ぶ書籍が個人的にはいまひとつと思っているのですが、今年もいまひとつ感が否めません(書籍のすばらしさは言うに及ばずですよ)。今年も残りあとわずか。皆様、素敵な年の瀬をお過ごしください。本年もありがとうございました。

輝く!積読状態の書籍アワード2017(上)

 毎度のことながら、今年もあっという間に年の瀬となり、年末恒例の積読状態の書籍から振り返る時期が来てしまいました。
 2017年に購入した書籍は142冊。昨年より4冊多かったです(昨年より多く買っていた感じがしたんですけどね)。そのうち、積読状態の書籍は55冊。昨年よりも20冊以上少なく、約39%が買ったのに読んでないことになります。そう考えると、今年は昨年よりも買った本をちゃんと読んでいたんたなあと思ってもいます。
 さてその中から、今年購入した積読状態の書籍の中でどれがアツかったを各部門別にノミネート4〜5作品ずつ挙げて決めようかなと思います。
 

なんだかんだで、結局「人間」が好きなのかもしれない

 いっとき、「人間」にまつわる書籍に面白味を感じられなくなっていたのですが、今年は気づいたら人そのもの、あるいは文化人類学/精神史的なものを多く購入していました。少しはこころに余裕ができてきたということでしょうか。そんな中、選んでみたのは・・・

ボーリンゲン:過去を集める冒険 (高山宏セレクション“異貌の人文学”)

ボーリンゲン:過去を集める冒険 (高山宏セレクション“異貌の人文学”)

まさかこの書籍が翻訳されるとは夢にも思わなかったので選びました。この書籍への個人的思い出は、20年前までさかのぼります。当時『ユリイカ』の特集号で山口昌男高山宏氏の巻頭対談が掲載されていて、高山氏が本書が人と人がいつどこで出会ったしか書いてないと紹介していたのが強く印象に残っていました。あれから幾星霜、書籍の売り上げが年々減少している中、今こそ人と人との出会いの精神史の重要性を再確認する時なんだなあ、という思いを強く持った次第です。
 

一応、今年も小説も買ってみたんだけど

 今年も小説はあまり買わなかったし、読んでこなかったのですが、それでも「これは買わなきゃなあ」と思ったのはいくつかありました。そんな中、選んでみたのは・・・

昨年秋、ついに後藤明生の全集的シリーズが出版され、今年無事すべて刊行することができたのは、個人的にはかなりの「事件」でした。後藤明生が生きていた時代を知らない若い人たちが、後藤明生を「再発見」し、改めてその現代性を確認できたことは、とても喜ばしいことだと思ってます。個人的には、後藤明生の小説は20代の辛かった肉体労働時代に降り注いだ慈雨でしたので選ばせてもらいました。
 

「現実」という鏡を磨くこと

 先ほど、「人間」にまつわる書籍が・・・というお話をさせてもらいましたが、結局は「現実」に生きる人間たちを写した書籍は、ずーっと読み続けてきたんですね。その中で、心を揺さぶられたり、怒りを感じたりしながら、あれこれと抱いた思いを心に刻み続けてきたんだなあ、なんて思い直したりしました。そんな「現実」という鏡を見事に磨いていると(個人的に)感じられた書籍は・・・

捨てられないTシャツ (単行本)

捨てられないTシャツ (単行本)

昨年同様、また都築氏の書籍を選ばせてもらいました(好きだから仕方がない)。いっとき、ポール・オースターがラジオ番組のために市井に生きる人々が織りなす物語を集めた『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』と題した書籍が話題となりました。都築氏のそれは、その書籍と似て非なるものです。Tシャツはモノなので具体的です。そこに、汚れてヨレヨレになりながらも、着ていた人たちの「物語」が染み込んでいます。そこを軽やかに編集しているのが、いかにも都築氏らしいな、と未だ読んでいない本書を手にとりながら思っております。(続く)

転換期だった2017年

 早いもので、2017年も残すところあと2日。振り返ってみると、秋以降、個人的に転換期に来たなあと思うことが多々ありました。中でも、3年近く(月1でしたが)出演させていただいた地元ラジオ局の音楽番組が年末をもって終了となったことが、個人的には最大の出来事でした。
 終了については、不幸な(だけど、ある意味必然的な)出来事が重なったためだったのですが、僕にとってポピュラーミュージックを真正面から見つめ直すよいきっかけになりました。もちろん、パーソナリティーをはじめ、一緒に出演した方々から多くのことを学ぶことができました。幸い、皆さんとは今後もお付き合いが続くことになりそうなので、音楽をさらに楽しんでいければと思ってます。
 そんな訳で、これまでの丸3年間で僕が紹介したテーマを備忘録&よき思い出的に残しておいておこうと思います。
 

2015年

《1月》Nicky Hopkins
《2月》受験時によく聴いていた曲たち
《3月》My Favourite Singer Songwriters
《4月》春なので個人的R&B入門
《5月》The Moveからみるpsychedelic rock
《6月》Happy Birthday! Jeff Beck
《7月》Graham Gouldman
《8月》お盆なのでお気に入りのdrummerたち
《9月》Lesley Gore
《10月》From Everly Brothers to Gram Parsons
《11月》George Harrison & His Friends
《12月》Happy Birthday! Dionne Warwick

月1ながら、レギュラーとして番組で30分、自分の好きな曲を選べてしゃべるという気負いがテーマから感じられます。第1回目にNicky Hopkinsをとりあげたのは、もっと彼の素晴らしさを知ってほしいと常日頃から思っていたから。あと確かこの年に亡くなったLesley GoreQuincy Jonesという偉大なプロデューサーの原点として彼女を知って欲しかったため。個人的には、パーソナリティーの方にEverlyの回の選曲を褒められたのがうれしかったです。

 

2016年

《1月①》Ronnie Lane at Faces
《1月②》Chris Montez at A&M era
《2月①》Farewell! Grenn Frey
《2月②》Raspberries
《3月①》Memorial Maurice White
《3月②》よく聴きゃ似てるこの2曲
《4月》Roy Wood
《5月》Gryn Johns
《6月》70's Pops
《7月》Chris Thomas in 1974
《8月》Summer Days
《9月》Ellie Greenwich
《10月》Groovy the Isley Brothers
《11月》All Things Must Pass & Layla
《12月》The Byrds & The Beatles

この年の1〜3月までは、僕のわがままで月2回やらせてもらえてました(今考えると、スゴイことです)。この時期にGrenn FreyとMaurice Whiteが亡くなったので、当初予定していたものと差し替えてとりあげました。プロデューサーに目をつけて紹介する(Gryn JonesとChris Thomas)というのは、僕自身の音楽体験を振り返っていたんだと思います。個人的には、Ellie Greenwichはもっと知ってほしい方です。

 

2017年

《1月》Humble Pie
《2月》Average White Band
《3月》喫茶ロックからラウンジ・ミュージックへ
《4月》My Favourite Guitarists
《5月》Look Back at British Beat Groups
《6月》Rainy Seasons
《7月》Happy Birthday! Harry Hosono
《8月》TARO Sonic 2017
《9月》Mellow the Isley Brothers
《10月》Valerie Carter & Lowell George
《11月》George Harrison at Psychedelic era
《12月》50's R&B Chorus Groups

3年目は、一緒に出演していたIさんがとりあげるテーマをお互い事前に報告しながら、相互的に影響し合うように考えてました。テーマ自体は平凡ですが、とりあげた曲は僕なりにパーソナリティーの方やIさんを意識しながらの、いわば試験解答のような気がしてます。

 
 最近、ピーター・バラカン氏の『ラジオのこちら側で』(岩波新書)を読み返し、バラカン氏がラジオに出演した当初、選曲さえやらせてもらえなかったというエピソードが書かれていました。僕は選曲もおしゃべりもさせてもらえたのは、決して当たり前のことではなかったんだな、と背中がひやりとしたと同時に、パーソナリティーとディレクターの方のおかげだという思いを新たにしました。そしてラジオ、ことに音楽をメインにやる番組は、スポンサーがなかなかつかず、どの局でも厳しい状況におかれている中、やっぱり夢のような時間だったけど、修行の場でもあったなと改めて思った次第です。
 
 番組は終わってしまいましたが、僕の音楽人生はまだまだ続きそうです。

一地方で書籍をつくること

 ご無沙汰しております。お元気ですか?12月になりました。早いものです。これから、忘年会やらクリスマスやら、大掃除に正月の準備で忙しく突っ走っていくと思うと、12月もあっという間に過ぎそうですよね。
 
 そんな訳で、この時期になると、いろいろと振り返りたくなる衝動に駆られます。「振り返りたくなる」と書きましたが、厳密に言えば、今やっている仕事について文字(客観)化したい、ということです。
 ところで、いきなりですが、地方で書籍をつくるとは一体どういうことなのでしょうか?私は書籍の編集を主に生業としているので、ここ1年ずっとこのことが頭の片隅に居続けていました。なぜか?基本的に、地方で書籍出版のみで営業するのはかなり厳しいのが現状です。僕が在籍しているところでは、書籍の売り上げは会社全体の1割です。この割合は、年間の出版数が20冊にも満たないという現状を考慮しないといけない割合です。
 とはいえ、販路がどうしてもその出版社のある地域がメインとならざるを得ないことを考えると、限られた読者数の中、いかに書籍を手にしていただくかは死活問題です。じゃあ、販路を拡大すればいいだけじゃないの?とご指摘されそうですが、体力があまりない出版社では、販路を拡大するだけの資金を準備したくても簡単にできないという現実もあります。さらにいえば、人員不足と高齢化問題という点も挙げられます。一地方で書籍を出版するという商売は、決して儲かりません。
 
 では、このまま指をただくわえたまま、黙ってこの斜陽ともいえる一地方での出版活動を見守っていくのか?答えは「ノー」です。1冊の書籍をつくるのに、複数の他の出版以外の仕事をしなくては予算が確保できません。そんな中で、情熱の炎を絶やすことなく、灯し続けなければならないためには、ぼく自身が日々の勉強を怠らずに続けるしかありません。その中で、僕自身が「楽しい」「面白い」など、いまいる地域の文化を「編集」し、面白くてなんだかワクワクするという気持ちを持ってもらえるものを皆さんにお渡しすることが、一地方で書籍をつくることの意義だと思う訳です。そのためには、常に謙虚に学んでいくしかないなあと痛感してます。
 
 この1年いろいろと考えては立ち止まり、また少しずつ歩いては立ち止まるの連続でした(今もそうです)。その中で、多くの方々と出会ってお話し、さまざまな書籍との対話から学んでいくしかない。そういう覚悟がいままではあまりできていなかったのですが、今年はそんな覚悟ができてきたと思えたように感じてます。
 
 ・・・こんなことを書くと、もう2017年が終わっちゃうような感じがしますね。まだあと31日あります。世間では働き盛りと言われる年齢になったのですが、揚げ物が食べたいと思えなくなったことで「老い」の芽生えを自覚しました。そんな訳で、今年も年末あたりに、積読状態書籍アワードを開催します。